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海と山が真近にある。そんな環境に魅せられて福岡を生活の拠点とした。ここ東区に住んで20年程になる。日課としている朝夕の散歩で、変貌してゆく博多湾を目の当たりにしている。日一日と工事が進むアイランドシティ(人工島)計画を、自分の力など及ばない世界で展開されていることと、ただ傍観してきた。 

 

作家は作品を制作する時、己の追求するテーマ、コンセプトとどう向き合うかという部分を大切にする。自分の内面に向かって偽りない探究をする作業は、時として非常な苦痛を伴うが、半面、新たなる自己との対話の場となり驚きと喜びも生まれる。そして方向性が決まり「いざ制作!」という時、さらなる素材との対話が始まる。この時、素材との対話を十分になさず、己の思いを強引に形にしようとすると、その素材から手ひどいしっぺ返しを喰らう事になる。人工島もこれと同じ事が言えるのではないだろうか。その地の持つ場所性を存分に生かし、あらゆるものとの対話をなして、初めてひとつの輝きを増した空間が現れるのだと思う。 

 

人工島事業の施工主体は、国と福岡市、同市の第三セクター「博多港開発」の三者だ。計画によると、港湾開発の強化、住宅地の整備、新産業集積、市東部の交通渋滞緩和などを目的に、2004年までに博多湾の東部約400hrを埋め立てる。総事業費は4588億円にのぼるという。巨額を投じる計画だけに、市などの意気込みは大きいが、長引く不況で企業誘致や住宅建築が危ぶまれるなど、現状は行き詰まった状態にある、といっても過言ではないようだ。それでも悲観するには及ばない。明確なビジョンを描く事が難しい今、絵にたとえるなら真っ新なキャンバスを目の前に挑まんとする今こそ、市民ひとり々の思いを一本、また一本と描き込んでゆけるはず。逆に思いきったことができる。 

 

アートは文字や言葉を超えて、人と人、人と自然、思想、科学…さまざまなものとのコミニュケーションを可能にする創造的行為だと思っている。あらゆるものの繋がりの根底に流れているスピリチュアルな部分を感じて、生きるということ。生かされているということ。すなわち「生命」について体感し、対話出来ることがアートの持つ本来の力だと思う。

 

それでは、都市空間を創るためにアートは何が出来るのだろうか。 

『人工島をアートする』

その答えの一つとして、誰もが参画し、人工島という素材を最大限に生かす方向を見つけるための「対話の場」をつくろう、と考えた。あらゆる人と話すと同時に、人工島そのものと対話を重ねてみたい。そこで人工島パノラミックタワー(仮称)の建設を提案したい。タワーといっても平たくいえば「展望台」である。これは、博多湾、和白干潟の動植物の観察の場としての役割を担うとともに、少しでも見晴らしの良い場所から、人工島そのものを広く見渡すことが出来るような施設である。そして、ここで重要なことは、この施設はあくまでも仮設であるということ。現在、行政が「アイランドシティ上陸見学会」などを実施している場所に建て、フィールドワークの場としての活用もよし。市民、行政、企業との対話や交流の場として活用するもよし。白いキャンバスのまっただ中でリテラシーを超えた立体的、空間的な対話がなされたなら、人工島の明確なビジョンを見いだすことができるのではないか。そこまでいかなくとも、ここで為される対話の記録は、人工島そのものの記憶となって、今後の展開の必要不可欠な要素として生きるに違いない。「展望台」はその記憶をつくるための空間である。

 

又、先走りとの批判を承知で、現在個人的に構想を温めているビジョン・設備を列挙するなら、●動植物の観察・生態系の研究などの情報を発信する「ネーチャー・パークセンター」●人工島計画に携わるすべての機関を集めた「パブリックセンター」●エネルギー技術やバイオテクノロジーなどを生かした街「アメニティータウン」●自然をアートで再構成した「ミレニアム・グリーンパーク」●環境学を研究する「エコ・リサーチパーク」などがある。これらの空間が人工島の拠点となり、地層が形成されるように重なりあうことで、私たちは、アート本来のテーマである、より深く新しい生命観・自然観・人間観に触れることが出来るのではないだろうか? 

 

私個人が挑むには大きすぎるテーマである。政治的背景や専門的知識はもちろんのこと、コネなどあるはずもない。でもやらずにはいられない、そんな性分である。まず思い立つことをまとめる。それらの資料を手に第三者の意見を求めて回る。新たなる道が見えてくる。また、追いかける。ある者はそんな私の姿に冷ややかな視線を投げかけ「なぜ」と問う。私はこう答える。「空間をつくるのは彫刻をつくることとなんら変わらないことだから」。   

 

(かまた・けいむ=彫刻家)

「人工島をアートする」

2001年6月29日  毎日新聞『文化 批評と表現にて』掲載

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