『人工島をアートする』

「これは何という手か」
これは何という手か。
原初の岩盤から切り出されたこごしい岩の一辺。
単純、動かず、ただ存在する手である。
ほとんど足かと迷う手。
大地から湧いた幼い巨人の手。
まだ何も知らず、何にも汚れず、
何をも汚さない、働きはじめていない手。
糸をつむぐことも、
木を削ることも、
漬物を漬けることも、
上顎についた漬物を取ることも、
闇をさぐることも、
飼い犬をかいなでることも、
汗ばむことも、
手をつなぐことも、
愛撫しあうことも、知らない手だ。
私は知らなかった。
このような、そういうことすべてをこえて、
ただあることを以ってある手を。
中井 久夫
神戸大学名誉教授、精神科医
2001年6月29日 毎日新聞『文化 批評と表現にて』掲載